日高屋のチャーハンが麦飯になっていた件

たまに無性にチャーハンが食べたくなる時がある。そんな時、すぐ近くでそれなりに美味しく、価格も手頃な日高屋のチャーハンはいつも自分の中で第一候補に挙がる存在だった。

先日突如チャーハン衝動に襲われた時も、真っ先に思い浮かんだのは日高屋のチャーハンだ。

昔であればそのまま店に直行していたのだが、以前の記事で書いたように、昔に比べて日高屋のチャーハンの味が落ちているように感じた記憶が残っていたため、今回は少しためらった。

が、前回はたまたまだったかもしれないと思い直し、そういえば読者さんから日高屋のチャーハンのごはんが麦飯になったとの話も聞いていたので、確認も兼ねてもう一度改めて食べてみようと思った。

店に入りメニューを手に取ると、なるほど確かにチャーハンのところに小さく「国産大麦が入っています」と表記されている。いつ頃からそうなったのだろうか?

7,8分待ってから到着したチャーハンをしげしげと眺めてみると、麦飯特有の茶色い筋が入った飯粒が見て取れる。白米との割合は5分5分くらいだろうか。

前回同様、チャーシューは昔と比べてかなり細かい。一抹の不安がよぎる。

ひとしきり観察してから、一匙すくい確認するように口に入れた。

これだ・・・

前回感じた違和感が瞬時にフラッシュバックしてきた。

と同時に前回は分からなかった違和感の正体が今回ははっきりとわかった。

主犯は麦飯のプチプチとした食感だ。

食感がプチプチしているというとあながち悪くない表現のように聞こえるかもしれないが、チャーハンにおいてはこのプチプチ感が噛んでも噛んでも残り続け、言いようのないくどさを感じる。

そう、一言で表現すると、くどいのだ。

米が変わるとここまで変わるかというくらい、麦飯はチャーハンに合わない。

そしてやたら主張してくる麦飯とは対照的に、口の中に入れてもほとんど存在感の無いカスみたいなチャーシュー・・・。

疑念が確信に変わり、暗澹たる気持ちになった。食事でここまで酷く落ち込むのはいつ以来だろうか。少なくともここ数年は記憶にない。

そんなことを考えながら、残りを食べ続けた。

食べているうちに徐々に失望は怒りに変わり始めた。経営層は、一体何を考えてこれにゴーサインを出したんだろうか?

コスト削減で麦飯に変えたところでウチにくる客層は味の違いなど気にしないだろう、とでも思っているのだろうか?

他人様に教えられて初めて麦飯と気づくような鈍感な私でさえ違和感に気づいているのだ。

およそチャーハンにはミスマッチな麦飯の使用、カスみたいに存在感の無くなったチャーシュー。

さすがにここまでくると、客を愚弄しているのではなかろうか。

値上げした上にこんな低クオリティの料理を提供され、私たちは小バカにされているのだ。

冗談じゃない。

沈んだ気分も相まってとても食べられたものではなかったが、出されたものは残さない主義なので、とにかく平らげ失意のうちに店を出た。

信頼を築くには長い年月がかかるが、崩れ去る時は一瞬なのだなとしみじみ思った。

十数年来愛してきたかつてのチャーハンは、今やすっかり変わってしまった。

そして長年の信頼を裏切られるような仕打ちを受け、日高屋に対する見方も180度変わってしまった。

この先、日高屋のチャーハンを注文することは未来永劫ないだろう。

今回の一件で、日高屋に足を踏み入れること自体も、モリモリサービス券を使う機会も当面ないだろう。

残念でならない。

さようなら日高屋。

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